Santoka Taneda 種田山頭火 平戸入りの下り 行乞記 四月一日


行乞記  三月三十一日  四月一日  四月二日  四月三日  四月四日



種田山頭火の平戸入り二日目、1932(昭和7)年4月1日の日記です。



行乞記 (二)
種田山頭火 

四月一日 晴、まつたく春、滞在、よい宿だと思ふ。

生活を一新せよ、いや、生活気分を一新せよ。
朝、大きな蚤がとんできた、逃げてしまつた、もう虱のシーズンが去つて蚤のシーズンですね。
朝起きてすぐお水(お初水?)をくむ、ありがたしともありがたし。
九時から二時まで行乞、そして平戸といふところは、人の心までもうつくしいと思つた、平戸ガールのサービスがよいかわるいかは知らない、また知らうとも思はない、しかし平戸はよいところ、何だか港小唄でもつくりたくなつた。
しかし、しかし、しかし、行乞中運悪く二度も巡査に咎められた、そこで一句、――

巡査が威張る春風が吹く

「絵のやうな」といふ形容語がそのまゝこのあたりの風景を形容する、日本は世界の公園だといふ、平戸は日本の公園である、公園の中を発動船が走る、県道が通る、あらゆるものが風景を成り立たせてゐる。
もし不幸にして嬉野に落ちつけなかつたら、私はこゝに落ちつかう、こゝなら落ちつける(海を好かない私でも)。
美しすぎる――と思ふほど、今日の平戸附近はうらゝかで、ほがらかで、よかつた。
今日、途上で巡査に何をしてゐるかと問はれて、行乞をしてると答へたが、無能無産なる禅坊主の私は、死なゝいかぎり、かうして余生をむさぼる外ないではないか、あゝ。
平戸町内ではあるが、一里ばかり離れて田助浦といふ、もつとうつくしい短汀曲浦がある、そこに作江工兵伍長の生家があつた、人にあまり知られないやうに回向して、――

・弔旗へんぽんとしてうらゝか

島! さすがに椿が多い、花はもうすがれたが、けふはじめて鶯の笹鳴をきいた。
鰯船がついてゐた、鰯だらけだ、一尾三厘位、こんなにうまくて、こんなにやすい、もつたいないね。
平戸にはかなり名勝旧蹟が多い、――オランダ井、オランダ塀、イギリス館の阯、鄭成功の……


行乞記 (二) 種田山頭火 
1931(昭和6)年12月22日~1932(昭和7)年5月31日

青空文庫より
http://www.aozora.gr.jp/cards/000146/card45387.html





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